「結婚式用のシャンパーニュを探しています」

ブティックで働いていると、この目的を持ってシャンパーニュを旅するカップルによく出 会う。フランス国内やお隣のベルギーなど車で数時間ほどの距離ならば週末を利用して、 イギリスや北欧からならば1週間ほどの旅程を組んで訪れる。

ブティックに勤め始めた頃は(なんて豊かな旅なのだろう)と感動を覚えた。その気持ち に変わりはないけれど、一方でもう少し現実的な事情があることもわかってきた。

例えばフランスでは、教会や役場で挙式後、レストランや庭園などに移動して、パー ティーを行うことが多い。そのパーティーでアペリティフ(食前酒)や食事と一緒にシャ ンパーニュが飲まれる。食事はレストランやケータリング会社に依頼することが一般的だ が、飲み物を新郎新婦またはその家族が自己調達することは珍しくない。準備の手間はか かるけれども、予算の節約になるだけではなく、アルコールにせよノンアルコールにせ よ、好きなものを選ぶことができる。

シャンパーニュの購入は、パーティーの規模にもよるが、数ケース(※1ケース6本入)単 位の大きな買物だ。多くの場合、ノンヴィンテージのブリュットを選ぶことが多い。どの 生産者においても、いちばん入手しやすい価格のものだ。ただ、それは予算的な理由だけ ではない。わたしの上司のセールストーク兼アドバイスを聞けば納得がいくだろう。

「このブティックだけでもいろいろな種類があるけれど、結婚式用であれば『スタンダー ドなブリュット』がおすすめです。もしかしたら、あなたたち(カップル客)は、ドライ なものや、熟成したもの、もっと個性を感じるボトルの方が本当は好きかもしれません。 でも、招待客の中には、若い人もいれば年配の人もいる。ワインの好みも経験値もそれぞ れ違います。パーティー参加者の全体を考えるなら、スタンダードなタイプのシャンパー ニュを選ぶことをおすすめします」

他の生産者を数軒訪ねた後、再度来店して予算と好みにあったシャンパーニュを購入する カップルもいれば、気になったボトル数種類をその場で1本ずつ購入して持ち帰るカップルもいる。後者の場合、じっくり味わって慎重に決めることもあれば、親や兄弟姉妹な ど、シャンパーニュ代を支払う人の意見を聞いてから決めることもあるようだ。

通常ボトル(750ml)入りの「ブリュット一択」の購入もあれば、もう少し変化を求める お客さんもいる。デザート用に「ロゼ」や「セック」を数本購入したり、あるいは、パー ティーの盛上げ役にとジェロボアム(3L)やマチュザレム(6L)等、大容量ボトルを追加する場合もある。また、新郎新婦の名前や写真を入れたオリジナルラベルの制作を希望する注文もある。

ちなみに、シャンパーニュ地方出身者の結婚式は、地元ならではの様子がうかがえる。あ る日、ブティックの顔なじみの男性客が来店した。数カ月前に、自身の結婚式のために大 量注文してくれたことを上司から聞いていた。わたしからお祝いとお礼を伝えた。「いや あ、こちらこそ、ありがとう!親族も友達も、ほとんどが地元の人間でさ、招待客全員が 『シャンパーニュ審査員』状態だったんだよ。みんなが美味しいって喜んでくれて良かっ たよ。本当に助かったよ!」

そういえば、わたしにも経験があった。招待された結婚パーティーで乾杯用のジェロボア ムが開封されようとした時、ランス出身の友人がわたしに耳打ちしてきた。「これはわた したち向けではないわね」。銘柄への不満をもらしたのだ。なるほど本当に皆「審査員」 なのかもしれない。

また、結婚式がきっかけで舞い込む注文もある。「招待された結婚式で飲んだシャンパー ニュが美味しかった」。個人客やプロからの注文を受けることがある。上司いわく「有名 店のバイヤーが招待された結婚式で偶然飲んだおかげで取引が始まったこともある」。こ うして「嫁に出した」はずのボトルが、思いがけない「親孝行」を返してくれることもあ る。

 

写真 招待された南仏で行われた結婚パーティーの様子。
ワイン生産者の施設で行われた。

マチュザレム(6L瓶)。通常サイズのはずのブテイユ(左、750ml瓶)が小瓶に見える。 新郎新婦の写真を入れたオリジナルラベル エペルネ市庁

文・写真:山田 宏美