はじめまして。フランス・シャンパーニュ生産者「ジャニソン・バラドン」に勤務する山田宏美と申します。この度ご縁を頂いて、依田酒店さんのサイトで、わたしがシャンパーニュで見聞きしたこと・思ったことを書く場を頂きました。シャンパーニュのあれこれを散文ならぬ「シャン文」調でご紹介したいと思います。アペリティフのように気楽に楽しんで頂けたらうれしいです。よろしくお願いします。
【甘くはない「辛口」探し】
「シャンパーニュ生産者で働いています」というと、生産拠点であるドメーヌ(ワイナリー)の建物に勤務していると思われることが多いけれども、ドメーヌの直営店で働いている。ドメーヌの敷地外に、ましてや家族経営の小規模生産者が直営店を持つことは異例だ。2014年4月エペルネ市街地に開店した店が、わたしの職場だ。シャンパーニュの試飲・販売を勧めるサービス兼販売員としての仕事のほか、広報・マーケティング・営業に関る業務もあり、小さな会社ゆえ「できることは何でもやる」役回りだ。
「シャンパーニュの都」と呼ばれるエペルネには、世界中から観光客やワイン愛好家がやって来る。パリから電車で片道1時間半足らずで来られるため、日帰りも可能。日本人の来店も増えている。
お客さまが来店すると、試飲可能なことを伝えた後「どんなタイプのシャンパーニュをご希望ですか?」と必ず伺う。すると9割方の返答は「辛口がほしい」。しかし、この「辛口」がなかなかの曲者だ。
辛口(ブリュット)といっても、12g/Lまでの加糖が許されている。シャンパーニュの製造過程で、泡を発生させるための瓶内二次発酵が終わり、瓶内に溜まった澱(おり)を除去(デゴルジュマン)した後、蔗糖をワインに溶かした「門出のリキュール」と呼ばれる液体を添加する(ドザージュ)。そのリキュールの量で、シャンパーニュの甘辛度が決まる。
ジャニソン・バラドンの場合、ノン・ヴィンテージだけでも9種類あり、そのうち辛口に該当するものが7種類ある(2015年5月現在)。ブレンド比率の異なるブリュット(辛口、7〜8g/L)が3種類のほか、エクストラ・ブリュット(極辛口、2g/L)も、ノン・ドゼ(加糖なし、0g/L)もあるので、辛口の選択肢が多い。お客さまの会話と反応を手がかりにして、どのあたりの辛口なのかを探しながら試飲を勧めていく。
まだ店に勤め始めたばかりの頃、イギリス人の女性客が「甘いのは嫌。本当に辛いタイプが好きなの」というので、最初からエクストラ・ブリュット(ドザージュ2g/L)の試飲を勧めたところ、舌を出して喉を抑える身振りをつけて「辛過ぎる!」と怪訝な顔をされてしまった。すぐさま別の試飲を提案すると、結局そのお客さまはブリュット(8g/L)を購入した。好みをうまく聞き出せず、申し訳ないことをしてしまった。以来、よほどのことがない限り、スタンダード・キュヴェにあたるブリュットを最初に飲んでもらうようにしている。
場数を踏んでいくと、辛口の向こう側に透けて見えるお国柄を感じるようになった。もちろん、それぞれのシャンパーニュの味わいは、ブドウ、ブレンド、醸造方法などの違いにもよるので、単純にドザージュ量だけの問題ではない。また、各人の好みも違うので紋切り型に言い切れることでもない。それでも、日々の接客で感じる、ざっくりとした分類はなかなか興味深いように思う。
単に辛口といっても、イギリス、アメリカ、フランスと近隣国(ベルギー、オランダ、ドイツ)のお客さまはブリュットを好む方が多い印象。スウェーデンやフィンランドといった北欧のお客さまは、エクストラ・ブリュットの人気が高めだ。欧米人にノン・ドゼを飲んでもらうと、好き嫌いがはっきりと分かれるが、日本人はエクストラ・ブリュットかノン・ドゼが好きと答える方がほとんどだ。ちなみに、店に来て開口一番「甘口シャンパーニュがほしい」と言うのは、ロシアや東欧のお客さまが圧倒的に多いように思う。
味わいの問題であれば、試飲してもらえば解決できるが、フランス語で「辛口」という言葉そのものにも問題がある。フランス語を話すお客さまが「セック(sec)がほしい」と言った時には注意が必要だ。
単語secは、一般的な使い方では「辛い」を意味する形容詞であるものの、シャンパーニュ用語では「(ブリュットより甘みのある)やや甘口(中甘口)」を意味する。さらに、フランス語で「半分」を意味する単語demiを冠した「ドゥミ・セック(demi-sec)」は、シャンパーニュにおいて、セックよりもさらに甘い「甘口」仕立て。(言葉半分、糖分ほぼ倍量)というややこしさ。シャンパーニュ初心者のお客さまに、笑い話のようにする説明だ。
味覚は千差万別。お客さまの「辛口コメント」に潜む「ちょうど良い辛口」を探し出せるかが、なかなか甘くはないポイントだ。