香川に銘酒 悦凱陣あり。

6月9日高松空港。丸尾忠興社長が最近珍しいマニュアルシフトの車で迎えに来てくださっていた。そのマツダ製の車は広くない山の曲がりくねった道を力強く、そして小気味よく走っていく。昼食は有名な讃岐うどんの人気店と讃岐ラーメンのハシゴだ。いりこダシのスープと腰のある中太麺が良く絡みおいしい。

こんぴらさんの参道を過ぎるとほどなく悦凱陣を醸す丸尾本店の蔵に着いた。
幕末高杉晋作や桂小五郎らが出入りした蔵を、丸尾社長の祖父が譲り受けた歴史に残る蔵だ。ご家族の皆さんに挨拶を済ませるとすぐにきき酒に臨んだ。
酒たち

たくさんの凱陣を丹念にテイスティングした。ノートにびっしりとお酒の色、熟度、香り味わい、余韻、総合評価などを書き記す。あっという間に一時間が過ぎた。
そして丸尾社長からお酒の答えと仕込みの特徴や今期の酒の様子などの解説があった。一本一本詳しくうかがえる話は、行った者だけの貴重な財産になる。仕入れの参考とお買い上げ頂いたお客様へお伝えする付加価値の高い情報となるからだ。

数時間、歴史を感じる蔵で過ごした。蔵の入り口には燕が巣を作っていた。夕刻が迫り空の色が変わり始め美しい。

煙突
*写真をクリックして拡大してご覧ください。

高松市内のホテルにチェックインしすぐに目的の寿司店へ繰り出した。今夜は鮨といろんな種類と醸造年度の凱陣を合わせて楽しむことになっている。寿司中川は高松一の寿司店という評価がありいやでも期待が高まってしまった。予約の時間を過ぎても前の客が帰らないため45分も押してスタートする。前の客は帰りたくなかったのだろうと思うといらつきも焦りも起きず、かえって期待を高めるスパイスとなった。ほどなく前客が帰りゆっくりとカウンター前の席に着いた。

寿司中川。出されるお料理はどれも一級品だった。
そしてそれに合わせて提供される悦凱陣の美味しさに感動。ご主人が私にこのお酒ならどんなネタが合うと思いますかと尋ねてくる。素人なりに必死に考えて意見を述べた。するとご主人「わかりやすいです。とても参考になります」と真剣な面持ちで言ってくださる。素人の意見でも無駄にしない姿勢は私も見習わねばと思った。

鱚ゆず胡椒@中川

凱陣@中川

今回はすごい体験をした。
丸尾本店の蔵でもここ中川でも出されるお酒のほとんどは生酒なのだが、保管は常温だった。私は生酒の常温保管は基本否定派だ。どうしても生ひね、甘ダレ、火落ち劣化した酒になるからだ。しかし今回テイスティングした酒は、ほとんどが健康で生ひねのニュアンスがあったのはわずか2本ほどだった。しかもあくまでニュアンスであってはっきりと出現しているものでない。驚くしかなかった。その中には13BYや18BYといった長期熟成のものもあったから余計だ。丸尾社長「ある条件をあたえてやれば生酒だって劣化しない。もちろん凱陣の造りがあってこそだが」と言う。その条件だが、ここでは差し控えたい。私の引き出しにしっかりと仕舞って必要な時に話していきたい。

米の味わいをしっかりと前に打ち出している悦凱陣は間違いなく印象の強い酒の一つであろう。概してそういうタイプはハードインパクトで疲れやすい酒質が多いが、凱陣はそれらとはふた味くらい違っている。飲み疲れが起きない。食中酒は淡い味でなければならないことはないのだと知った。香りはリンゴを思わせるすっきりと上品で、かなり穏やかである。幕末の蔵の雰囲気を色濃く残す仕込み蔵の中では最近の香り高い酵母をほとんど用いずに伝統の手法を大切に醸している。一方温度管理のできるサーマルタンクがたくさん並び、必要な部分では現代機器も使用して必要な部分のアップデートも忘れない。幕末、新旧体制の良いところ悪いところを酒を飲みながら真剣に語り合っている当時の人々の姿を想像し重ね合わせると、余計味わいが深まる気がした。生酒のお燗も嫌な香りも口当たりもなくとてもおいしく滑らかに味わいが広がっていった。

寿司中川を出て「もう一件」という丸尾社長のお誘いでワインバーへ。丸尾社長はサンテミリオン、私はシャンボールミュジニーをオーダー。時間を完全に忘れて深夜まで酒談義に熱を上げる、とても素晴らしい香川への旅となった。

 

最後に(有)丸尾本店丸尾忠興社長とご家族様、寿司中川のご主人には心より御礼申し上げます。

(依田浩毅)