またしても車一台がやっと通れる幅の道を進む。軽トラ専用の農道だ。

そして到着したのは先の大根畑よりまた少し標高が高い畑であった。
この葉はどこかで見た葉だなと思っていたら、

「トトロだよトトロ」

イモの葉を傘代わりにしてはしゃいでいる。畑の中で遊んでいるお気楽女子達に呆れたが、しかしこの画はまたと無い。シャッターを切る。土の中で身を寄せ合っている芋たちにはどう映ったか。さつきちゃんメイちゃんに扮するにはだいぶ年齢に無理がある。

この里芋はマル神農園の古屋社長の高祖父の代から神金地区で百年以上も作り続けられた里芋で、マル神農園では百年芋とも呼んでいる。標高が850mから900mあるこの冷涼な土地で育つためなのか、固い体躯と粘りが強い食感が特徴だ。100年の間に土質と馴染むように変わってきたのに違いない。ブドウにテロワールがあるように、大根や里芋にもその土地の味がどこかに表現されるのであろう。しかしなんとも力強く土中に太く長い根を伸ばしている。掘られたばかりの百年芋は見た目こそ無骨な田舎漢なだけに、素晴らしい料理人に出会った時どれだけ目と舌を楽しませてくれるのであろうか大変興味が湧いた。お酒は何を合わせようか。日本酒なら香り控えめの純米酒で素材と土地の香りを楽しむ。ワインなら真っ先に甲州種のワインでいきたい。クリーンで澄み切ったドライなワインよりもオフドライなくらいが良いかも知れない。調理法に依るのだが、里芋の甘味の余韻を楽しみたい。妄想が止まらなくなってくる。

再び狭い農道を注意深く走りながら今度は唐辛子と人参の圃場へ向かう。
紅く染まっていく山々、折り重なる雲、窓を開けると身がぎゅぅと縮まるような冷風。大菩薩の嶺が近くに感じる。

圃場を囲む山々
(写真をクリックして大きい画像でご覧ください)

 

里芋の圃場から大きく変わったのはその色合いだ。鮮やかな緑色の中にたくさんの真っ赤な実が踊っている。深紅に色づいた唐辛子は全員が足上げ腹筋をしているかのようにうんと反り返っていてユーモラス。これはイタリアのカラブリア州の伝統的な唐辛子でカラブレーゼという種類の唐辛子とのこと。リストランテには欠かせない無農薬栽培のカラブレーゼだ。

「次は四色のニンジンですよ~」

と雨宮洋一さんの明るく、そして少しだけ飄々としたトーンの声に促され、人参の圃場へと歩く。
一面に茂るニンジンの葉はまるで密生したシダ植物の葉を思わせる。中生代白亜紀の野を歩いている妄想をする。全く要らない情報だが、私は妄想好きである。

また女子が喜々とニンジンをひっこ抜きだした。するとほんとうに色が違う。鮮やかなオレンジ、黄色、クリーム色、そして紫のニンジンが次々に顔を見せてくる。
みな名前があって、オレンジ色は黒田五寸。黄色は黄美人参。クリーム色はクリームハーモニー。なんとも滑らかな甘さがありそうなニンジンである。そして紫のニンジンの名は、『パープル ヘイズ』。
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「ダメじゃんこんな名前付けちゃ!」と笑ってしまった。パープル ヘイズとは天才ギタリスト、ジミ ヘンドリクス1960年後期の代表曲のひとつでドラッグソングとも言われ有名な曲である。この紫色したニンジンがめちゃくちゃ旨くて癖になるほどだからと解釈できなくもないが、思わぬ名前だった。単純に名付け親がジミヘンの大ファンだっただけかも知れない。それにしてもそそられるニンジン達だ。どんな料理に昇華されるのだろう。また妄想が膨らむ。

陽が傾いてかなり冷え込みが厳しくなってきた。そろそろこの魅力的な圃場を後にしなければならない時間だ。
帰り際に古民家を改築して事務所にしているマル神農園の事務所を訪ねた。庭先の美しく高揚した紅葉が迎えてくれる。中に入ると、そうだ、30年くらい前は山梨にはこんな家がそこいらじゅうにあったなと改めて思い返された。もちろんインターネット環境はある。でもこれくらいでいいという「ほどよさ」が感じられる。効率だけを求めず大事なところをひとつひとつ検証して、必要なものは取り入れてそうでないものはなるべく長い年月受け継がれ磨かれてきたものを大切にしている、そんな感じが伝わってきた。生産している野菜もまた、そんな考え方のもとに丹念に育てられているのであろう。

マル神農園は甲州市神金地区を農業で活性化させるイベント、農民ダイナマイトでも積極的に活動をしている。
食材や酒の造りには昔ながらの方法が絶対だとは思わない。しかし大切なものがあるように思えた。伝統的なものと現代の技術の良いところを見つめ直す、そんな体験だった。長時間対応してくれたマル神農園の雨宮洋一さんに感謝し、甲府へとワゴン車を発進させた。

 

今日は一段と冷える。今夜は皆で純米酒と甲州種のワインでこの野菜たちを楽しむのだ。私の興味は、紫の煙と名付けられた紫色のニンジンである。

(後編 終)

 

マル神農園
山梨県甲州市塩山上小田原122−1
0553-39-8671

紅葉と茅葺屋根