シャンパーニュの世界にも収集家がいる。空き瓶に興味があるというなら話は別だが、ボトル収集ではない。中身を味わうのが目的で消費されるからだ。シャンパーニュで働いて驚いたことのひとつが「キャプシュル(王冠)」収集家の多さだ。とにかくキャプシュルを集めたい人たちがいる。

キャプシュル(Capsule)とは、シャンパーニュの開ける際に、コルク栓の上部に被せられている金属製の王冠のことだ。プラック・ド・ミュズレ(Plaque de muselet)という正式な名称があるけれども、キャプシュルと呼ぶ方が一般的だ。ちなみに、日本でこの王冠を指して「ミュズレ」と呼ぶ人もいるが、本来ミュズレ(Muselet)は王冠を留める針金部分を意味する。

わたしもキャプシュルを集めている。ただ、それは自分が飲んだボトルのそれを取っておくだけで、わざわざ買うことはない。熱心な収集家の中には、キャプシュルだけの買物に数百ユーロを支払う人もいる。その中には、飲み物としてのシャンパーニュには一切関心がない人もいる。正直なところ、最初は理解に苦しんだ。でも、切手収集家が必ずしも筆まめとは限らないだろう。そう思い至って、いまは慣れた。

キャプシュルは、生産者によって、さらには同じ生産者であってもキュヴェによってデザインが違うこともある。生産者のロゴ、キュヴェ名、ヴィンテージ記載、有名アーティスト作、生産者の歴史・趣味・想いを反映したイラスト、写真、シリーズもの、スワロフスキー入り、穴が開いていて紐やチェーンを通せばネックレスになるもの、素材が違うもの(金属、プラスチック、陶製)、色違い等々。デザインは尽きない。きれいで、楽しい。集めたくなる気持ちもわかる。

シャンパーニュのキャプシュルを網羅したカタログも発行されている。2年に1回改訂・発行されるカタログは、収集家にとってのバイブルだ。生産者ごとに紹介されており、デザインと取引価格を一覧することができる。1個あたりの価格は、安いもので数サンチーム、年代の古いものや限定品は希少価値がついて数百ユーロするものもある。専門の蚤の市もあり、あちこちの町や村で行われている。

ジャニソン・バラドンには、70~80種類のデザインがある。発売中のキュヴェの数よりもずっと多い。ヴィンテージやキュヴェ名が記載されたキャプシュルは、それに対応するボトルに使われているが、それ以外のキャプシュルは、コルクを打栓するときに在庫があるものを順番に使っているだけで、特にルールはない。

シャンパーニュ生産者なら、「キャプシュルをください」と言われた経験がもれなくあるはずだ。例えば、一般消費者向けのイベントで試飲を勧めていると、キャプシュルを求める来場者は必ずいる。ある大手メゾンの販売部長は「せっかく来たのですから、1杯どうですかって勧めても断られちゃうことも珍しくないよ。みんながみんな同じ興味を持っているわけじゃないからね」と話す。また、顔見知りのドメーヌのマダムから「あなたの職場は、街中で立地がいいから、キャプシュルくださいって人がたくさん来て大変じゃない?」と心配されたこともある。生産者にとって「あるある話」なのだ。

ブティックでは、自社のキャプシュルを販売している。収集目的のみならず旅のお土産として買っていくお客さんも多い。収集家のお客さんは、フランスとベルギーから来る人が多い印象だ。例のカタログを持参しており、既に持っているキャプシュルの欄に、必ずチェック印を書込むか、マーカーで色をつけている。まだ印がついていないものが、買い物候補だ。

失礼な話だけれども、わたしはキャプシュルの販売が嫌いだった。この在庫はある?ちょっと待って、これもほしい。いや、これは持っているな。他の色はある?やっぱり、もうひとつほしいな。たくさん買うから割引してよ。いくつかおまけしてよ等々。とにかく、接客に時間がかかるからだ。他のお客さんがいない時なら問題がないけれども、シャンパーニュを飲みたい・買いたいと思っているお客さんは順番を待ちきれずに店を出てしまうかもしれない。

ある日、上司にその気持ちを伝えたところ、紙に数字を書きながら、シャンパーニュ1本あたりの生産コストを丁寧に説明してくれた。そして、ある一定の条件下で販売した場合の販売利益を強調した。「あれ?思ったより儲からないね」「まあね。だからさ、頑張って売ってよ」「り、了解」。以来、この件で文句は言っていない(と思う)。

背景は理解した。ただ、さらに悩ませてくれるのも、この上司だ。「見て、すごく良いデザインだろう?気に入ったから6色発注したよ。キミが喜んでないことは知っているけどサ。ワッハッハ」。こうして新たなキャプシュルが増え続けている。王冠について「お冠」と言いたいところだが、相手はフランス人だ。彼らにとって、冠は王様を想起させる、むしろ「栄誉」なこと。ひとたび日本語ではね、と説明すれば、ああでもこうでもないと反論されるのが目に浮かぶ。面倒だから黙っておく。新しい玩具を手に入れた子どもように喜ぶ上司は、わたしの嫌そうな顔を見てゲラゲラ笑っている。気持ちの収拾はつきそうにない。

筆者:山田宏美

 

▼写真(キャプシュル)

▼写真(本の表紙)
キャプシュルのカタログ。収集家の「バイブル」だ。

▼写真(本の中身)
生産者ごとに、デザインと価格を一覧できる

▼写真(額)
キャプシュルを飾る額。周辺商材の人気も高い

▼写真(オブジェ)
「売ってほしい」とよく言われる非売品のオブジェ。数千個のキャプシュルを使用。