「閉じこもりの2ヶ月間」
フランスでは、2020年3月17日から5月10日まで都市封鎖が敷かれた。その間、外出せずに家にこもる状態を「コンフィヌモン(confinement)」と呼ぶ。わたしはエペルネにある自宅で日々を過ごした。コンフィヌモンとその前後に体験したことや見聞きしたことを、できる限り時に沿って書きたい。
2月半ば。一時帰国から戻り、仕事に復帰すると「君は大丈夫だよね?」と近所の顔なじみから、冗談のつもりなのか何なのかわからないトーンの質問を何度か受けた。「ダイヤモンド・プリンセス号」はフランスでも大きく報じられていたようだ。彼らと話す限り「遠いアジアの惨事」という雰囲気だった。
通常、2月の観光は閑散期だ。しかし今年は街を歩く観光客は例年よりも少し多い気がした。そして(イタリア人観光客が多い)とも感じた。たまたま来店客の内訳として多かっただけかもしれない。はっきりとした理由はわからない。ただ、そう感じたのは本当だ。
3月初め。イタリアの事態とフランスの状況について連日大きく報道されていた。ある日の出勤途中、すれ違いざまに高校生数人から差別的な言葉を投げられたことが2回あった。その翌日、統計上、フランスの数値は日本のそれを上回った。
ちょうどその頃、毎年4月にランスを中心に行われるプロ向けイベント・通称「シャンパーニュ・ウイーク」に開催予定だった試飲会の中止が各生産者グループから次々と発表された。上司が珍しく不安を漏らした。「法人・個人、規模の大小を問わず、あらゆるイベントが中止だよ。結婚式や、家族行事もだ。イベントがなくなるってことは、それだけシャンパーニュを飲む機会が減るってことなんだよ…」。まもなく、イタリア、スペイン、ベルギーといった隣国が都市封鎖を発表した。
3月14日(土)夜、首相が、生活必需品の販売店(スーパー・食料品店・薬局など)を除く、商業施設の休業を発表した。ここにはカフェ・レストランも含まれる。当日夜の営業をしていた飲食店は0時まで営業、それ以降休業期間に入った。
3月15日(日)。ブティックは休業した。前日の昼は通常営業をしていたし、この日もそのはずだったが、政令に従うより他ない。休業になるとは思っていなかったので、前日の朝にマルシェで買った野菜を職場に置いたままにしていた。仕事はないが車で職場に向かった。天気の良い春らしい日曜日、街を歩く人は大勢いた。予定通り行われた地方選の投票日だったという理由だけではないはずだ。友達や家族で公園に集まる人たちも多かった。(お店を閉めても、これでは意味がないのではないか)と思った。
3月16日(月)夜、大統領が「外出規制令」を発表。フランスは3月17日から外出せずに家にこもる「コンフィヌモン(confinement。「閉じ込める(こもる)こと」の意)」状態となった。基本的に外出が許されるのは、生活必需品の購入時と1日1回自宅周辺1km以内の運動時のみで、いずれの場合も政府指定の証明書に外出目的や日付・サインを記入した証明書の持参が義務付けられた。警官の検査で証明書なしの外出がわかった場合の罰金は、当初からだいぶ吊り上がり最終的に1人1回135ユーロ(約15,000円相当)となった。公園は封鎖された。
14日昼に来たアメリカ人男性客2人は、13日朝ブリュッセルを出発、フランスに入国、そしてエペルネに来たのだという。ベルギーでは13日夜から飲食店の営業を中止することが発表済だった。16時台の電車に乗ってパリに行くというので「行きたいレストランがあったら人気店でも迷わず電話してみるといいかもしれませんよ」とアドバイスをしたら喜んでくれた。予約キャンセル続きで、通常数ヶ月待ちの人気店にも空席が多いという記事を朝に読んだばかりだった。14日夜の首相発表を報じるテレビを見ながら、彼らはレストランのディナーを楽しめただろうかと思った。アメリカが欧州からの入国禁止措置を発表して航空券購入が殺到していると報じられていた頃だったが、彼らは17日発の航空券を予約済だと話していた。「ギリギリ」だらけの旅、彼らが無事に帰国できたことを願う。
果たして、ワインは生活必需品か否か。外出規制令発表直後、ワイン販売店の営業可否について、若干の議論を呼んだ。タバコ店は営業許可されているのにワイン販売店は営業できないのか、ワイン消費の場であるカフェやレストランは不可でワイン販売店なら可能なのか、ワインは食料品販売に含まれるのか等々、酒飲みの疑問は尽きない。最終的に酒販業界の働きかけもあり、ワイン販売店は「専門店での飲料の小売販売(Commerce de détail de boissons en magasin spécialisé)」として営業可能な業種のリストに記載された。
外出規制が発表されてから10日ほど経った頃、初めて近所の大型スーパーへ買物へ出かけた。パスタ、米、小麦粉、トイレットペーパー。フランスのスーパーでこうした商品の棚が空になっている様子が日本のメディアで紹介されていた。おそらくパリの店舗を取材したのだろう。少なくとも、我が家の近所で不足を感じたことは一度もなかった。世界の食材コーナーに並ぶ即席ラーメン『出前一丁』の潤沢な在庫に安心感を覚えた。必要品にもお国柄や個人差が出る。
3月末から4月初めにかけて、陽性判定を受けた友人・知人がいることがわかってきた。幸い、彼らは自宅療養で回復した。経験者が語る症状や確定に至るまでの経緯には、共通点もあれば相違点もあり、そんなところにも怖さを感じた。
コンフィヌモンの間、幸か不幸か晴天続きだった。晴れているのは喜ばしいが、晴れているほど外出できないもどかしさが募った。シャンパーニュ生産者は農業従事者だ。この間も彼らは畑作業を続けた。生産者のSNSには、畑仕事や畑の様子を写した写真が並んだ。4月、数日冷え込んだ夜があった。残念ながら霜害を受けた畑も一部あったようだ。
生産者によるボトル販売にも工夫や苦労が見えた。「ドメーヌから10km圏内配達します」。無料配送サービスを謳うSNS投稿もいくつか見かけた。中には「ドライブ(drive)」(日本でいう「ドライブスルー」方式)と銘打って、電話やメールで受注、注文客が指定場所に来ると即座にカード決済してボトルを車のトランクに積むことで、お客との接触を最小限にするサービスも登場した。国内外へのボトル発送は、郵便局の人手不足や配送会社の営業状況に拠って思い通りにならず、上司が困っていたこともあった。
「明日は『ライブ』があるから忙しい」「歌手でもないのに!」と同業他銘柄で働く友人とオンライン飲み会で笑いあった。彼女は在宅勤務をしながら、勤め先銘柄のオンラインセミナーのライブ配信準備をしていたのだ。インスタグラムやズーム等のオンライン環境を利用して、世界中のワイン愛好家に向けてアピールを続ける生産者もいた。生産者が自ら主催するものもあれば、ワインジャーナリストや飲食店などが企画して生産者をゲストとして招くものもあったようだ。
5月11日(月)外出規制解除。商業活動に関しては段階的な解除で、大型施設を除く商店の営業は許されたものの、まだカフェやレストランは休業中だ。ブティックはこの日から営業再開したが、店内併設のサロンに着席した状態で有料試飲を勧めることはできない。ボトルと周辺商材の販売のみでの再出発となった。
ブティックを開けると、常連客や近所の人たちが声をかけてくれた。2ヶ月ぶりの再会を喜びあう。海から近い別荘で過ごしていたという夫婦、隣人の騒音にウンザリしたとこぼすマダム、嫌になるけどセラヴィよねと煙草を吹かす運転教習所の女性教官。皆それぞれだ。常連のマダムは「うんざり!うんざりよー!」と半ば叫びながらボトルを買いに来てくれた。お伴のマルチーズ犬の毛は伸び放題、犬種を忘れるほど放射状に広がっている。「犬の毛のカットの予約電話をしたら、一番早くて7月だっていうの。うんざり!!」
それにしても、来店客はもれなくマスクを着けている。「どうして日本人はみんなマスクをしているの?」。素朴な疑問として、または多少の皮肉も含めて質問されていた頃が懐かしく感じるほどだ。マスク着用が当たり前の世の中になってきた。改善されつつあるとはいえ、マスク不足は続いている。手作り風の布マスクの利用者の方が、使い捨て紙マスク利用者よりも上回っているような気がする。一方で、街でマスクをしていない人もよく見かける。人により意識の持ち方に違いがある。
5月17日(日)。まさに五月晴。陽気が良く欧州各国で祝日が集中している5月は、本来ならば行楽シーズンだ。いつもの5月の週末ならばテラス席は満席だったはずだ。今はテラス席を並べることもできない。またフランス人の移動は自宅から100km以内に制限、国境は閉まっている状態で観光客が来るはずもない。
解除後初めての週末、大勢の人が散歩を楽しんでいた。こんな気持ち良い日にカフェに寄ることができないなんてと淋しい気持ちになった人も多かったと思う。証明書なしで外出できる自由が戻ったことだけでも喜ぶしかない。
外出解除から2週目。ランスの街に出かけた。大手アパレルのロゴが入った紙袋を持つ人たちを多く見かけた。どの店も入店人数を制限しているので、どの店の前にも列ができていた。化粧品小売店セフォラの入口には、LVMHのロゴ入りの消毒液ボトルが置かれていた。数週間前のニュースでLVMHが工場の生産ラインを使って消毒液を生産することは知っていたが、既に実用化されていて驚いた。夏のような天気で、カフェに入って冷たい飲み物がほしいところだが、全てのカフェは休業中のままだ。その代わり、アイスクリーム店の前に長蛇の列ができていた。
地元報道によると、2020年3月のシャンパーニュ庫出数量は前年同月比21,9%減少した。あらゆるイベントの中止、飲食店の休業、主要輸出相手国の都市封鎖。どの業界も大変な状況とはいえ、ここも例外ではない。
カフェとレストランは、6月2日に営業再開の見通しだ。外出規制解除後、人々の気持ちの緩みが次の事態を生むのではないかと危惧する報道もある。飲食店には、取引先のみならず友人も多い。いろいろな意見はあるけれども、無事再開できるよう願う。
山田宏美
▼写真
人通りのないシャンパーニュ通り(2020年4月)
営業再開したブティック(2020年5月16日)
ランス市庁舎前(2020年5月19日)