5月最終週、ブティックの目の前の歩道を間借りする形で、テラス席をオープンした。着席形式での有料試飲は、従来の店内席(11席)に加えて、屋外席(10席)が増えたことになる。

テラス席の設置は念願だった。ブティック開店以来、お客さんからずっと言われ続けていた。「テラスがあったら、もっとサンパ(=感じが良い)なのにね」。フランス人はテラスが好きだ。屋外で食事やコーヒーあるいはワインを楽しむのは、たしかに心地良い。ただ、フランス人のテラス好きは、それ以上のように思う。太陽を感じたい。その思いが強いようだ。

個人的に南フランスで1年半過ごしたことがある。その時は気付かなかったが、北フランスに位置するシャンパーニュ地方に来てつくづく思う。冬が重い。年末まではクリスマスの華やいだ雰囲気のおかげか、あっという間に過ぎていく。ところが、年明けから2月末頃まで、どんよりとした灰色の空がほぼ毎日続く。冬がとても長く感じる。朝8時に窓を開けても、外は夜のように暗い。昼もあまり日が差さないので、空ばかりか、なんとなく人の気分も冴えない。たまに晴れた日があれば、人々は「この太陽を満喫しないとね!」と同じような挨拶を何度も交わしながら、たとえ冷たい風が吹いていようとも、コートを着込んだまま、テラス席に陣取る。もちろん、太陽を感じるためだ。

テラス席が念願だったのには、もうひとつ理由がある。ブティックは大きなロータリー沿いにあり、店から歩道、公共駐車場、ロータリーという位置関係だ。その駐車場で2月から3ヶ月間、地面を掘り起こす大掛かりな工事が行われていた。東京で同様の工事があれば、素人目には1週間で終わりそうな内容に見えたが、当初予定では2ヶ月の工事期間だったが、ここはフランス、「予想通り」1ヶ月長引いた。来店客は減る、騒音はうるさい、砂埃が立つので掃除の手間が増える。店にとって三重苦の3ヶ月。掘り起こした駐車場が舗装されて、いよいよ工事も終盤と思しき頃、作業員が店に入ってきて質問をしてきた。「マダム、ここは何台分の駐車場だったか覚えていますか」。完成図を知らずして工事を進めていたとは、驚くやら、呆れるやら。こちらの言い分どおりに、駐車スペースの白線を引いて工事は終了した。長かった工事は、ブティックの冬。テラス席が設置できる日を待ちわびていた。

実際にテラス席の営業を開始すると、「感じが良いね」「エペルネの街が活気づくよ」と、上司の友人のみならず、通りかかった地元の人たちが次々と声をかけてくれた。ところが、テラス席の客入りは期待したほど良い滑り出しではなかった。

「ここはニースではないのだから、みんな太陽を浴びたいはず」。その考えのもと、「パラソルなし」のテラス席を用意した。つまり、基本的には屋外用のテーブルと椅子のみ。鉢植えや、シャンパーニュ生産者らしくピューピットル(動瓶台。瓶内二次発酵後、瓶内に溜まった澱(おり)を瓶の口に集める作業で使う木製の台)も飾っていたものの、テラスの必要最低条件、テーブルと椅子だけで営業を開始した。

しかし、店の考えは見事に外れた。6月上旬は晴天が続き、気温30度を超える日もあったほど。いくら太陽が恋しいといえども、暑さも眩しさも度が過ぎるようで、シャンパーニュをゆったり味わうという気を起こさせない。原因はそこにあった。また、友人や得意先からこうも言われた。「パラソルがないと、テラス席だとすぐにわからない」。

早速パラソルを調達した。パラソルありの営業になって日は浅いが、これほど違うものかと驚くほど、テラス席を希望するお客さんが増えた。テラス席は気軽におしゃべりを楽しみながらシャンパーニュを飲みたい人、店内席は栽培や醸造などシャンパーニュについて関心が強い人が選ぶ傾向があるようだ。テラス席のサービスはまだ手探りの部分が多いものの、エペルネに滞在中、毎日来店してくれる観光客もいて、素直にうれしい。

シャンパーニュの短い夏。ブティックの夏はテラス席とともに過ぎていきそうだ。